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大阪高等裁判所 平成5年(ネ)3345号 判決

控訴人

大阪府

右代表者知事

中川和雄

右訴訟代理人弁護士

土井廣

被控訴人

山﨑篤(X1)

山﨑尚敏(X2)

山﨑晶子(X3)

右三名訴訟代理人弁護士

小川剛

理由

一  本訴請求に対する判断

当裁判所も、被控訴人らの本訴請求は、原判決主文一項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却すべきものと認定、判断するが、その理由は、次に付加するほか、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決四七頁四行目の「甲第一五号証の一、二」を「甲第一五号証の一ないし四」と改める。

〔証拠略〕は、右認定を覆すものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  控訴人は、A・B両チームを総合的に観察すれば、両チームの力は互角か、互角でないとしてもそれ程の差はなく、また、Bチームボールでのスクラムの状況も、Bチームが終始押され、盛り上がり気味ということはなく、第七回目のスクラムでは、被控訴人篤がAチーム三番を圧倒する押しを見せているから、宮野教諭が、第八回目のスクラムにおいて被控訴人篤の首が抜けることを予見すること、まして第九回目のスクラムで本件事故が発生するのを予見することは不可能であるとする。

(1)  しかしながら、前示のとおり(原判決理由二、三)、A・B両チームの間にはその編成自体からかなりの力の差があったことが窺えるのみならず、実際にも、試合中の合計九回のスクラムのうち、BチームボールでのスクラムをAチームボールでのそれと対比すると、Aチームボールでのスクラムは安定しているのに対し、Bチームボールでのスクラムの際には、いずれもBチームが終始押されて盛り上がり気味であるうえ、殊に第八、第九回目のスクラムでは、Bチームが押されて数メートル後退していることや、盛り上がりが顕著になってめくれ上がった状態になっていること(更に第八回目のスクラムでは、被控訴人篤の頭がスクラムから抜けたほか、最終的にはスクラムがくずれていること)が認められ、両チームの間に力の差があることは明らかである。

もっとも、〔証拠略〕によれば、第七回目のスクラムで、Aチームプロップ三番の右肘が上に上がった状態になっていることが認められるところ、右につき、当審証人川村幸治、同宮野淳一は、右状況は被控訴人篤(Bチームプロップ一番)が押し勝ち、その優勢を示すものである旨証言するが、右各証言は憶測の域を出ないものであるばかりか、前示のとおり、第七回目のスクラムにおいてもBチームが押されて盛り上がり気味であったことに加え、第八回目において、Aチームに押され気味の状況の中で被控訴人篤の頭がスクラムから抜けていることからすれば、控訴人の指摘するAチームプロップ三番の右肘の状況は、第八回目と同様、押し合いの結果、前後から圧力を受けた被控訴人篤が、危険を避けるため左側方から上方へ伸び上がろうとする動きにより、Aチームプロップ三番の右肘が被控訴人篤の頭を押さえたままの状態で上方へ持ち上げられたとも考えられないではなく、いずれにせよ、右写真(〔証拠略〕)だけではいずれとも断定し難く、右証言をそのまま信用することはできない。

また、控訴人は、第七回目のスクラムにおいてスクラムは時計の針の方向に回っていることを挙げて、被控訴人篤が押し勝っていると主張するが、控訴人の主張する右状況(スクラムは時計の針の方向に回っていること)は、本件証拠上必ずしも判然としないばかりか、そのような場面が見られるとしても、そのことは、Bチームのスクラムが全体として押され気味であることと矛盾するものではないから(〔証拠略〕)、いずれにしても右主張は理由がない。

そうすると、スクラム第一回目から第七回目までの試合経過を通観すれば、両チームの力の差から、Bチームのスクラムは終始押され気味で何度も盛り上がりをみせる状態で推移していたことや、第八回目のスクラムに至っては、これが危険なめくり上がりに移行し、被控訴人篤の頭がスクラムから抜けているほか、スクラムの大幅な移動及びスクラムのくずれも見られるなど、随所に第九回目の本件事故に繋がるスクラムの危険な状態が具体的に現出していたのであるから、ラグビーを始めて間もない一年生の被控訴人篤を危険なポジション(フロントローの左プロップ)に起用していることを認識し、具体的な試合の場面で被控訴人篤の安全に十分配慮することを期待されていた指導者宮野教諭としては、遅くとも、危険な状況が顕著に表れた第八回目のスクラムの時点で、めくり上がりの危険に対する注意を促すなり、スクラムを中断させるなどして、右危険状況が再び発生しないように安全のための具体的措置を講ずるべき義務があったというべきである。

(2)  控訴人は、〈1〉スクラム内のプレヤーが上方に押し出された場合、〈2〉スクラムが一・五メートル以上の前進を繰り返す場合の危険性を指摘する競技規則の規定は、本件事故当時には定められておらず、その後に設けられた規定であるから、本件事故当時、右規定が適用される余地はなく、本件事故における指導者の安全配慮義務の判断基準とはならないとする。しかしながら、〈1〉のスクラム内のプレヤーが上方に押し出された状態(めくり上がり)や、〈2〉のスクラムが大幅に(一・五メートル以上)移動する状態は、いずれもプレヤーの人身事故に繋がる虞のある危険な状態であるところ(〔証拠略〕)、右危険性に対するラグビー関係者の共通の認識が、競技規則に明文化されたものと認められるから(弁論の全趣旨)、本件事故当時も、右〈1〉、〈2〉の危険な状態が見られる以上、右規定の有無にかかわらず、これを他の事情と併せ、本件事故を予測させる危険なプレーの一環として、宮野教諭の安全配慮義務の判断に当たり斟酌するのが相当である(なお、本件において、スクラムの一・五メートル以上の移動が第八回目のスクラムで初めて起こったことであり、右競技規則の定めるように繰り返されたわけではないとしても、スクラムの大幅移動が危険なプレーであることに変わりはないから、右状況も、指導者宮野教諭の注意義務の判断に当たり斟酌することを妨げるものではない。)。

2  控訴人は、本件事故と宮野教諭の安全配慮義務違反との間には相当因果関係がないと主張するが、右主張に理由がないことは、原判決の当該理由説示のとおり(四三頁)である。

3  控訴人は、被控訴人篤の損害賠償額を争い、民法七二二条二項の趣旨に照らし減額すべき損害項目を逸失利益と慰謝料のみに限る理由はなく、全損害から大幅に減額すべきであるとする。

前示のとおり(原判決理由五)、(1)被控訴人篤は、自らの意思で任意にラグビー部に入部し、右競技に付随する危険をある程度は承認して本件紅白試合に参加していること、(2)本件事故後、学校(茨木高校)側において、同被控訴人のため人的及び物的の両面からの支援・協力態勢の下に、同被控訴人の機能の回復に少なからず寄与、貢献したことが認められる。そして、右事情は、損害の公平な分担を理念とする民法七二二条二項の規定の趣旨に照らし、同被控訴人の被った損害額の算定に当たり、減額要素として斟酌するのが相当であるところ、減額要素となる右事情に対応すると認められるのは、その性質上、逸失利益と慰謝料の損害項目であるから(実費弁償的性質を有する積極的損害にはなじまない。)、一応積算された右損害(原判決理由四3、4)から、右事情を考慮して減額し、逸失利益は四五〇〇万円、慰謝料は、被控訴人篤分を一〇〇〇万円、同山﨑尚敏及び同山﨑晶子分を各一四〇万の限度で認めるのが相当である。

したがって、同被控訴人の全損害から、右認定の減額以上を控除すべきであるとする控訴人の主張は理由がない。

二  結語

よって、本訴請求は、原判決主文一項掲記の限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 髙橋史朗 松村雅司)

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